義理と人情 男気溢れる清水湊!海道一の大親分「清水次郎長」ゆかりの地を巡る♪

「清水湊の名物はお茶の香りと男伊達」と歌われた清水次郎長一家を率い、海道一の大親分と呼ばれた幕末の侠客、明治維新後は清水港や静岡のために尽くし様々な人達と交流のあった清水次郎長さんのゆかりの地をご紹介します。

イ. 清水の次郎長さんとはどんな人?

清水次郎長こと山本長五郎は、文政3年(1820年)に生まれて米穀商 甲田屋次郎八の養子となり、次郎八の長五郎から「次郎長」と呼ばれました。驀地のもつれで無宿者となり、その後一家を構えて明治維新となるまでは義理と渡世の人生でした。明治維新を経て山岡鉄舟、榎本武揚などの知己を得るなどして、清水港の発展を望み蒸気船を所有したり英語塾を開いたり、富士の裾野を開墾するなど様々な社会活動に尽力し、明治26年(1893年)に波瀾万丈の生涯を閉じました。

清水次郎長一家が記された てぬぐい

ロ.次郎長さんに所縁の場所を歩く

-次郎長 生家- 次郎長さんが生まれた家

清水次郎長は、船持船頭三右衛門の次男として生まれ、清水次郎長生家には、次郎長の産湯として使われた井戸がそのままに残されていたり、次郎長さんに関する資料や写真が展示されています。

次郎長生家 内部

■ 基本情報

  • ・名称: 清水次郎長生家
  • ・住所: 静岡市清水区美濃輪町4-16
  • ・アクセス: しずてつジャストライン 港橋バス停下車徒歩5分
  • ・営業時間: 10:00~16:00(平日)、10:00~17:00(土日祝日)
  • ・定休日: 火曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
  • ・電話番号: 054-353-5000
  • ・料金: 無料
  • ・所要時間: 30~1時間

-船宿 末廣- 次郎長さんが営んだ船宿

船宿 末廣は、清水港の振興を願った次郎長さんが三代目お蝶さんと共に晩年営んだ汽船宿で、日露戦争で活躍した広瀬武夫や小笠原長生、広辞苑編者の新村出など明治の様々な要人が訪れました。
船宿 末廣の建物は、売却されてしまったことから所在が不明となっていましたが、調査の結果から平成13年に復元されました。

船宿 末廣があった場所に建つ碑

次郎長宅跡の碑は、清水港の再開発で船宿 末廣の場所が不明となっていたのを、当時の清水市が調査して復活させたものです。

■ 基本情報

  • ・名称: 清水港船宿記念館「末廣」
  • ・住所: 静岡市清水区港町1-2-14
  • ・アクセス: しずてつジャストライン 港橋バス停下車
  • ・営業時間: 10:00~18:00
  • ・定休日: 月曜日
  • ・電話番号: 054-351-6070
  • ・料金: 無料
  • ・所要時間: 30~1時間
  • ・公式サイトURL: http://www.portwave.gr.jp/suehiro/

-梅陰禅寺- 次郎長さんの墓があるお寺

梅陰禅寺には、次郎長さんの墓を初めとして、おかみさんだったお蝶さんや子分の大政、小政らの墓が並んでいます。

次郎長さんと子分達の墓

■ 基本情報

  • ・名称: 梅陰禅寺
  • ・住所: 静岡市清水区清水南岡町3-8
  • ・アクセス: しずてつジャストライン 梅陰寺バス停下車すぐ
  • ・営業時間: 9:00~16:00
  • ・定休日: 無休
  • ・電話番号: 054-352-0995
  • ・拝観料: 300円
  • ・所要時間: 30~1時間

-壮士の墓- 次郎長さんが葬った咸臨丸事件の人達の墓

明治維新となった後に、旧徳川幕府の軍艦 咸臨丸が明治政府軍の追求を逃れて清水港に辿り着き、政府軍と戦闘となり咸臨丸は沈没しました。次郎長さんは、沈没した咸臨丸の乗組員の屍を、政府軍が葬ることを禁じたにもかかわらず、禁を犯すことになるにもかかわらず「死ねば誰もが仏」としてこの地に葬りました。壮士の墓の石塔は、この次郎長さんの壮挙を知り感銘を受けた山岡鉄舟の筆になるものであります。

壮士の墓 のいわれを記した碑

■ 基本情報

  • ・名称: 壮士の墓
  • ・住所: 静岡市清水区築地町1
  • ・アクセス: しずてつジャストライン 港橋バス停下車徒歩
  • ・電話番号: 054-354-2422
  • ・所要時間: 30分 
最終更新 : 2015年02月13日

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